GISの教育
●幅広い地理学教育をベースにGISを学ぶ
筑波大学には多数の地理学スタッフがおり,自然地理学,人文地理学,地誌学,および応用分野にわたって幅広い研究分野をカバーするとともに,幅広く密度の濃い地理学教育を提供している.3つの学類(他大学の学部に相当する)と5つの大学院(独立した2年制修士課程と5年制博士課程がある)において,地理学の授業を開講している.
各組織では専門の必要に応じて,GISや空間的情報処理の内容が取り入れられている.たとえば人文地理学的な分野ではGISの概念の講義とならんでオーバーレイやネットワーク解析といった空間解析の実習があり,自然地理学的な分野では衛星画像解析,降水の空間分布解析,気象データ解析などが教えられている.本学では学類や大学院の枠をこえて授業を履修することが原則的に自由であるし,スタッフ間での情報交換や協力も柔軟に行われる。この環境は学生にとって,多様な専門の教員から地理学を幅広く学び,GISも含めた地理学研究の能力を身につけるのにたいへん有利である.
●GISのシステム構成
地理学分野のGISの教育・研究において共用の地理情報解析装置を中核システムとして利用している.このGISは地理学にかかわる学生・院生・教員は誰でも利用できるオープンな体制で供用されており,2001年9月現在,40人以上の登録ユーザがある.ユーザはさまざまな研究分野や学類・研究科にわたっており,GISの活用を仲立ちとして,異なるバックグラウンドのユーザの間にコミュニケーションが生まれるという効果ももたらされている.
当GISのシステム構成は第2以下のとおりである.ハードウェアは,WindowsNTサーバのもとにクライアントPC (WindowsNT
およびMacintosh)およびプリンタがネットワーク化され,デジタイザ・スキャナ等が組み合わされている.GISソフトウェアについては,Arc/INFO,
ERDAS/Imagineは大学院生の専門的な研究に使用され,ArcView, MapInfo, ArcExplorerなどが主として院生および学類生のGIS実習に用いられる.これら以外に,作図,統計分析,データベース管理,そして論文執筆に不可欠なソフトウェアが用意されている.インターネット経由で資料収集を世界中のサイトから行うことができるし,地球科学系内の院生・教官の居室からサーバのデータへのアクセスも可能である.データも充実している.GISの整備の際に国勢調査,事業所統計,農業センサスのデータを購入し,その後も多岐にわたるデータベースを蓄積してきている.
2003年に総合研究棟Aへ移転するのにあわせて,空間情報科学分野では新たなGISシステムの構築をすすめつつある.
●空間情報科学分野の誕生
「空間情報科学」分野は,大学院の改組にともない,2000年度から大学院博士課程に設けられた新しい研究分野である.GISで博士の学位を取得できる日本で数少ない5年一貫の博士課程コースである.空間情報科学分野は,リモートセンシングやGISを活用する地理学的研究を中心とした教育を行い,人文・自然を含んだ広い意味の地球環境に関する科学に貢献することのできる研究能力の養成をおもな目的としている.
この分野が所属する「地球環境科学専攻」は,旧地球科学研究科の「地理学・水文学専攻」に相当する.改組で設置された生命環境科学研究科に移行するのに合わせ,地球環境科学専攻と名称が変更された.「地球環境の実態とその自然科学的プロセスやメカニズムを時間的・空間的に研究し,かつ人間環境を含めて総合的に解明しようとする」,これが本専攻の教育・研究の目標である.空間情報科学分野の設置はこの目標に向かって,GISの教育・研究の展開を図るものである.
当分野は,すでに述べたように幅広い地理学諸分野のスタッフと学際的・有機的な関連をもちつつ,GISの教育・研究を行うことができる.現在,人文地理学の教官2名(教授1名・講師1名)が当分野を担当し院生を指導しており,今後の発展を目指してスタッフはいくつかの研究プロジェクトを進めている.
●GISのカリキュラムと成果
空間情報科学分野においては,次のような講義,演習,実験によって人文・自然にわたる広義の地球環境科学について教育を行っている.
【空間情報科学研究法】
リモートセンシングおよび地理情報システム(GIS)をおもな手段とする空間情報科学において、そのアルゴリズムを構築し成果を評価するに必要なグランドツルースの理論と実際について講述する。自然・人文各要素の相互関係の現地調査、資料の空間情報資料化、それに基づいた環境評価・予測などの方法についても講述する.
【空間情報科学特論】
地理情報システム(GIS)を活用した地域・空間分析の諸手法について講義するとともに、経済立地、人口分布、土地利用などの人文地理学的分析にGISをいかに活用したらよいかを論じる。そのための研究方法論、研究視点、研究史、具体的研究法について授業を行う.
【空間情報科学実験】
空間情報科学の立場にたつ地理学の研究に必要な分析手法(自然環境的・人文現象的な空間データや属性データの取得、および解析の方法)を修得するための実験実習を実施する。室内実験だけでなく野外実習も取り入れ、現地で空間現象をモニタリングしデータベース化する方法とともに、
自然環境的・人文現象的諸要素の相互影響関係の現地調査法を学ぶ.
【空間情報科学演習】
空間情報科学と関連する地理学研究で得られた新しい分析方法を題材に、その有効性や問題点を検討する。また、各自の研究に関係の深い内外の研究論文の紹介やその論評などを行う.
【空間情報科学特別研究】
地球環境科学、とくに空間情報科学に関連した諸課題のうちから各自の選んだテーマについて、研究指導を行う.
特筆したいのは空間情報科学実験である.この科目では,フィールドで自らデータを作成すること,そのデータを室内実験によってデータベース化し,GISで空間分析を加えることを内容とする.
2000年と2001年の2年間は,東京都心部における空間利用の分析を課題とした.履修者は都心空間に各自で設定した範囲を対象にして,既存の白地図をもとに,オフィスや商店等の空間利用を土地区画ごとに調査する.それをもとにGISデータベースを作成し,空間的分析を行ったのである(第1図:空間情報科学実験の成果(東京都心の空間利用GIS).2002年には東京近郊農村の土地利用をGPS測位を活用してデータ化し,土地利用図を作成して解析をおこなっている.
つまり,データ取得・デジタルデータ化・分析を一貫して自ら作業する.それは,地域を自分の目で見て,そこに課題を発見する能力を養うことを重視するからである.地理学からみたGIS教育の意義は,けっしてGIS操作の修得だけではなく,課題発見・データ取得・そして分析を統合的に身につけることであるとスタッフは考えている.
空間情報科学分野の教員に指導を受けてきた院生の研究テーマは,アクセシビリティ,人口センサス調査のGIS化,交通手段選択,景観生態学,インターネット・サイバースペースの地理学と,多岐にわたる.
修了後の進路については,空間情報科学分野ではまだ博士号取得者を出しておらず,残念ながら実績データがない.ただしこれまで大学院や学類でGISを学んだ卒業生や修士学位取得後に就職した院生たちは,GIS関連の企業に就職しているほか,コンサルタント業,流通業,地方自治体,大学・高校教員に進出している.

(本稿は森本健弘・村山祐司 2002.筑波大学のGIS教育.地理,47-2,66-71.を加筆訂正したものである)
【参考文献】
村山祐司・森本健弘・田中耕市:地理学専攻学生を対象としたGIS
教育−土地利用分析を題材に−.人文地理学研究,25,77頁〜100頁,2001年3月.
森本健弘・平井誠・村山祐司:大学院地理学専攻におけるGISの管理運営と課題.人文地理学研究,26,151頁〜166頁,2002年3月. |